愛に生きる - 鈴木鎮一

Suzuki Methodとして高い評価を受ける才能教育を実践しておられたヴァイオリニストの鈴木氏の本。「アッ、日本中の子どもが日本語をしゃべっている!」という新鮮な驚きの中に、すべてのエッセンスが含まれている。人の才能は正しい環境の中ではぐくむことによって育つことができる、教育は教えることではなく育つ手助けをすることだ、という信念に大変感銘を受けた。
現代はスピードの時代と言われているが、個人の能力が短時間で身につくわけがない。

◆"才能はあるものではない。才能は作るものだ。”ということを知っていたら、かれは自分の非才を嘆く前に、能力を身に着ける、苦しくとも希望に満ちた努力を死ぬまで続けるでしょう(p77)
◆わたしは急がなかった。しかし、私は休まなかった。休みなく努力を続けた(p78)

など変化のない言葉を肝に銘じ、急がず、しかしけっして休まず、そうやって変化の時代を恐れずにいくと良いのではないか。

正しく良い努力とはどんなものか - それは、繰り返してやるということ(p79)、短所の中で、いちばん共通して多い短所は、「やるべきだと思いながら、ただちにスタートしない」(p86)、りっぱになっていく原則は、身につけた力をぎりぎりの高さにまで築きあげて行くこと。もっとりっぱに、もっとりっぱに、、、と。(p91)
など、実践されたすばらしい心が多数こめられている。




p17 能力が芽生えて、それが外に現れる時間が必要。一旦芽が出ると、その育つ速度はだんだん速くなる
p22 ひとそれぞれの顔、その目を心して見るとよろしい。そこには生きてきたその日までの生活の歴史があり、全人格が現れています。
p23 とにかくもっとも重要なことは、最初の一ヶ月間、いい先生につけるということ
p29 子どもたちの運命、それは親の手に託されているのです。
p33 育てられた姿を見て、それを生まれつきだとする考え方をやめなければいけない
p34 「うちの子はものになりますか?」という質問は「くいものになるか」という打算、いやらしさが潜んでいる。すこしでもりっぱに、より美しい心の人に、そして幸福な道へ、子どもを育てる親としての心配はそれだけで十分でしょう
p37 子どものことなら、親を鑑定したほうが、まだおよその見当がつく
p48 レコードも必ず、毎日聞いて育ちました
p52 常に今日の日のことを最高に生きる
p56 みんなで小言をいってはいけない。みんなでしかってはいけない。家中が黙って、もっとよい作法、よい行動の生活をするようにしようではないか。
p57 みんなが互いに自分を戒めた。
p64 記憶の能力を育てることは、私がもっとも力を入れた育て方の一つ
p73 ショーソンの、あのすばらしい詩の心・感動に対して、あなたの感動を訴えるのです。
p76 非才を嘆くのは愚
★p77 "才能はあるものではない。才能は作るものだ。”ということを知っていたら、かれは自分の非才を嘆く前に、能力を身に着ける、苦しくとも希望に満ちた努力を死ぬまで続けるでしょう。
★p78 わたしは急がなかった。しかし、私は休まなかった。休みなく努力を続けた。そしてそれが、張り合いと静かな心とを与えてくれました。
p79 だれでも自分を育てることができ、そしてそれは正しい努力ひとつにかかっている。正しく良い努力とはどんなものか - それは、繰り返してやるということ
p80 あなたは自分を見損なっていますね。不器用だといいきかせている。まるでブレーキをかけておいて、この車は走らないとこぼしているのと同じだ。
p85 10年努力すれば劣者も非凡に
p86 短所の中で、いちばん共通して多い短所は、「やるべきだと思いながら、ただちにスタートしない」
p89 自分のために、自分が骨を折れ。
p91 りっぱになっていく原則は、身につけた力をぎりぎりの高さにまで築きあげて行くこと。もっとりっぱに、もっとりっぱに、、、と。
p92 急ぐな、休むな
p93 決心して始めたら、まず、しばらくのあいだ忍耐すること。しんぼうできないで、途中でやめてしまうと、また振り出しに戻る。その繰り返しでは、いくらやっても、乗り越えるべき困難の域からぬけきれない。
p99 わたしたちは目に頼っているのではなかった。“勘”と呼ぶところの感覚の力でひいていた
p108 あることに対する“勘”を養う―それは真剣に訓練する以外にはない
p117 ものごとへのたゆみない研究心ということのほかに、ひとは“誠実”でなければならない
p120 いつの時代にも、不当の利のあるところには、ひとは知らずしてなんらかの禍根をつくる
p138 不満はつねに自分の中にありました。わたしは自分に対してだけ文句をいい、自分をなおそうとばかり考えていた
p166 芸術の実態は、そんな高いところ、遠いところにあるものではなかった。それはもっと日常的なわたし自身にあった。芸術作品は、全人格・全感覚・全能力の表現である。
p176 思うだけでは能力ではない。それは、思わないのと結果は同じだ。やってのけてこそ、能力なのだ。思ったら行う能力を身に着けよう。
p183 “やればできる”という言い古されたことばを、単なることばととってはいけないし、ひとごとだと思ってもいけない。

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