善の研究 - 西田 幾多郎

「(善とは)真の自己を知るというに尽きて居る(p206)」である。本当に素晴らしい本だった。今まで読んだ事のある本、そして素晴らしい先輩の語っていた事などを総括して凝縮したような本だった。空海が統一した密教の世界と相通ずるものがあり、宗教や哲学、そして物理も、みな統一を目指して自己を磨く、という事なのである。
   統一⇔大日如来(密教)⇔コギト
   先ず隗より始めよ
すべての事柄に対し、「物」ではなく「者」を当てている。これは筆者が唯物論ではなく唯心論に軸足を置き、議論を展開している現れだと感じた。


p180 人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善
p188 善とはわれわれの内面的欲求、即ち理想の実現、換言すれば意思の発展完成である
p195 個人において絶対の満足を与えるものは自己の個人性の実現である
p196 個人的善に最も必要なる得は強盛なる意思である
p196 個人に対し最大なる罪を犯したる者は
★p206 (善とは)真の自己を知るというに尽きて居る
p214 (神とは)これを宇宙の根本と見ておくのが最も適当であろうと思う。
p221 神とはkの宇宙の根本をいうのである。
p230 神は静にして動、動にして静

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