| Amazon | |
| 楽天 |
ニュース、特に食や薬品の安全性についてなどリスクについて取り上げられる記事はセンセーショナルなものが多いが、これらは果たして本当に公平かつ冷静な視点でかかれているのだろうか。著者の小島氏は、かつてはリスクを伝えることが正義だと考えていたが、キャリアとともに本当にそれで良いのか、マスメディアの態度として公平なのか、を疑問に持つようになった。そしてリスクを語る上では、その全体像、つまりリスク(負の面)とベネフィット(正の面)を科学的なデータを元に冷静に判断することが重要だと考えるようになった。
一例として遺伝子組み替え技術を取り上げると、「遺伝子組み替え」と言った途端普通は「ダメ、危ない」というイメージが脳裏に浮かぶ。しかし安全性や、収穫量アップによる飢餓の激減、などのプラス面を報道するメディアは少ないし、医療薬品の多くが遺伝子組み替えに寄っているということも報道されないし、それ自体が悪と認識されることはない。著者は誤解だらけの「危ない話」なども著していて、表に出てこない裏側の真意を読み解くヒントをくれる。また、第3者機関を置くことやメディア・パトロールによって、どのような事実に則って書かれた記事かを明らかにすることなど、「世論」など日本人が陥りやすい「見えない力」に振り回されないよう提案されている。
◆ 本を読んで
統計を語るには母数が、リスクが高まるには「量」が必要。これを踏まえずに記事に踊らされてしまうと、記事を作っているもの、ステイクホルダーの意見に流されてしまうことになる。世論に流されずにリスク&ベネフィットの大きさを判断して決断できる者、大局観を持つもののみがリーダーになれるのだろう。本書を読んでその思いを強くした。
◆ 印象に残った言葉
- 映像、見出しは感情(右脳)に、解説、本文は理性(左脳)に訴える。
- 医師、大学教授、政府の官僚、企業の幹部など専門家からのマスコミ情報に対する信頼性が低くなった → 理性で考える割合の高い人にはマスコミ機能の低下が見破られている
- 抑えておかなければならない重要な事実は、リスクを語る上で「量」の概念を持つこと。
- 消費者団体の中には「ゼロリスク」を求める動きが強く、そしてメディアの思考は分りやすい善悪二言論を好む
- ニュースは必ず「切り取られた事実」。大事なのは「何が報道されていないか」なのだ。
- 記事で最も重要な事は「正確性」
- 科学的な根拠を基にしてリスクの大きさを等身大に伝えていこうという視聴者、消費者への誠実な姿勢に欠ける。不安を煽ることではなく、建設的な提案を示す姿勢が大事
- 説得力の有る、「未知の危険性」という言葉。今必要なのは、危険性というリスクを引き受けながら、希望や夢にもかける勇気と寛容力
-「否定できない」という万能言葉
- 不安や恐怖を巻き起こす言葉や表現が氾濫し、安全な情報を伝える手段があまりにも少ない
- ニートを対象とした農業体験 → 感動 という一般受けするニュースのパターン。ステレオタイプ思考。しかしちょっとの農業体験で校正したなどという美談は聞いたことが無い。記者の書くこの情景が理想なら、農家はさぞ毎日が幸せだろう。
- 日本がもし過去50年、無農薬・無化学肥料を国の政策に掲げていたら、食料生産量は恐ろしく低下し、国の食料供給は大混乱に陥っただろう
- (小作)農業を保護するのは基本的に良いことだという先入観
- 豊かさは長期的に見て、一時的な”失業の発生”なくして実現できない
- カロリーベースではなく、金額ベースの自給率が大事
- 穀物生産は莫大な水とエネルギーが必要。国産、自給率アップにこだわるのであれば、これをどこから調達するのか。コストが価格に上乗せされても果たして消費者は購入するのか
- いじめがなくなるクラスとなくらならないクラス。なくなるクラスには「いじめをなくそう」という勇気ある行動を起こすものがいる。
- ネガティブ思考が記者の特徴
- 記事の妥当性を検証する第3者機関の重要性。英国ではNHSという機関がある
- 「健康への影響は全くないけれども回収させていただきます」の摩訶不思議
- 日本・・・自己という存在が他者との関係で決まる文化。空気や世間をきにする民族
- 自分に非がない、と内心では思っていても、世間が許してくれるならつべこべ言わず謝罪する方が得な文化。ムラ社会
- 情報の出し方の重要性
- 西欧では言葉(理屈や論理)と言葉を交わしながら、意見や利害を調整していく
- リスク報道はかならず歪む。偏見が入る。感情(不安、恐怖)がメディアを動かす
製作者は視聴率アップを狙って少しでもおもしろい(不安を煽る)映像を流そうとする(でないと視聴率が取れない)
- バイアスがあるとニュース(情報)の品質は保証されない
- テロを恐れる国民自身も恐怖情報を好む
- 理想を語るだけの政治家には警戒が必要
- 汚染米 → 「汚染」という言葉を使ったが、深刻な程度ではなくキャベツよりも低濃度であった。農水相のチェック体制が甘く、「監視不足米」という呼び名の方がまだ良かった。
言葉によって消費者への印象はガラリと違ってくる。
- 正確で科学的で、冷静な内容の記事でも消費者が買ってくれないと言論機関はつぶれてしまう- メディアは不安を煽る言葉は得意だが、冷静にリスクを伝えるのは苦手
- 科学者たちは言葉のもつイメージ力をもっと磨いて情報の伝え方を学ぶ必要が有る。
- 有機に大いなる価値を見出す人は、その有機食品がお金儲けのビジネス目的で流通していても、有機信仰は揺るがない
- 概念は世界を見る眼鏡だ
- 人間はいくら賢くてもやはり目先しか見えない
- 化学物質 = 悪、という図式。プラス面は決まって取り上げていない。
- 不安や恐怖が食品や化粧品を売るときの商売道具
-「量」軽視の報道の傾向
- 安全の証明は最初からハンディを抱えている(何度安全な証明をしても、それが危険でない証明はできない)
- ニュースは刺激がないと商品にならないため、どうしてもリスクを大きく見せようとしてしまう。だって、「リスクは小さいから無視して構いません」ということは、「ニュースではありません」というに等しいのだから。
- リスクとベネフィットの両面を正確に伝えることが重要。有機農業を奨励して農薬メーカーを叩くのはいいが、農業の担い手が減って飢饉が起きてしまったら、その責任はだれが取るのだろうか。
- リスクを扱うニュースについて、「科学的に根拠があるかどうか」を徹底することが重要
ブログ村, おすすめ本ランキング
楽天ブックスTOP
0 件のコメント:
コメントを投稿