カラマーゾフの兄弟3 - ドストエフスキー

父親であるフョードルが殺された。ミーチャは父親殺しを否定するも、周囲の状況・証拠はミーチャを犯人とするに足るものである。最終巻を読んでいないが、ミーチャは多分、殺していないのだろう。しかし、人間は社会と繋がって生きているのである。ミーチャは素晴らしい心を持っていてたとえ高潔であっても、社会とのつながりという面では欠けてしまっている人だ。人間は完璧ではないのだから、かけている部分がある場合はそれを支えあいながら生きていくのが望ましい。しかし人間の社会というのはそういう風にはできていないのである。孤と連、静と動、喜と悲、180°反対の向きを持つこれらを心の中で保つのは、とても技術のいることなのだ。人は結局周囲と繋がっており、結局一人である。この2面性をどのように保てるか、分裂しないで立っていられるか。

ドストエフスキー(著)
亀山郁夫(訳)

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