司馬遼太郎が感じたことを短編としてまとめたもの。
卓越した史観を持って、日本の成り立ちを解きあかしている。
昭和初期の参謀本部について明治の成り立ちについて織田信長の思いについて
p90 太政官の2大巨頭でありながら、革命の成立後、笑顔をわすれたかのようであったのは、主筋から人格もろとも否定され続けてきたことによるだろう
p91 沈黙と慎重は大久保の自己表現
p91 あくまでも冷厳あるいは冷酷なほどに現実を見つづけた人物
p92 政務採決の3つの型 第一: それは御評議にかけましょう (断行の意思がある場合) 第二: それは篤と考えておきます (保留か要調査) 第三: それは御評議にはなりますまい (否定する場合)大久保もしくは太政官の権力はこの語法の上に成立していたといっていい。
p94 明治が作った平等主義 ・・・オリジナリティが求められる現代において「平等」を目指した姿勢が現代に生きてしまっている。明治の時はこれが大事なコンセプトだった。しかし現代ではそれを打ち破る必要がある。なぜ? ①生きていけないなぜ? ①つまらないもの、均質なもの、情報は、自然淘汰されてしまう。 ②世界がすでにつながってしまった。一般市民が最高に近いテクノロジーを、リーゾナブルな条件で使いこなせてしまうので、差が付きにくい。どうするか? ①他人の意見を聞いても放って置く ②発信し続ける(良否判断は、情報の淘汰に任せてしまう) ③変わり続ける (変わり続けることが唯一変わらず大事なこと) ④いいじゃないか! と認めてあげる。p137 日本史は、独裁者につよい反撥をもった歴史といっていい
p138 大概大概(テゲテゲ) ・・・ 将たるものは、下のものにテゲに言っておく
p143 テゲであるべき人物は人格に光がなければならない。人格は私心がないことが必要で、それに難に殉ずる精神と聡明さが光源になっているもの
p147 虚と実の組み合わせはまことに日本的
p195 江戸期日本の多様さという日本史の捉え方
p196 倜儻不羈
p201 この浪人結社(海援隊)は、海運会社であり、商品相場の会社であり、開拓会社であり、また機に応じて海軍にもなりうる組織だった
一石二鳥、一石三鳥を狙う。小柴先生がカミオカンデを作ったときもそうだった。
2,3のことを同時に考える。
卵を常に抱いておくこと。
p202 無私の発言ほど力のあるものはない
p223 釜無川(かまなしがわ)の龍王堤(信玄堤)
p237 人が死ねば空に帰する
p238 解脱こそ究極の理想
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